六原清々講社@祇園祭
2012年 07月 18日
祇園祭は八坂神社(祇園社)のお祭りです。
そしてこれには、神社主催のものと、山鉾町主催の二つがあります。
「京都の人でも神輿が出ることを知らん人もおりますから
よそから来たあなたが知らんとしても、まあ、そんなに恥ずかしがることはありません」
と、かつて祇園祭の生き字引のような人に言われたことがありました。
毎年、ブログでも書いてますが、
祇園祭のメインは、あくまで神輿渡御。
山鉾巡行は、山鉾町の人たちの神さまへのおもてなし。
清め、その喜びを表し、ということなのかしらん。
わざわざ鴨川を越えて、一週間、御旅所に滞在してくださるんですからね。
今でいうなら、国賓を迎えるときのセレモニーみたいなもの?
で、昨日は夕刻から行われる神幸祭だけは
祇園の花見小路まで見に行こうと思っていたのですが、
ちょうどいい時間帯を逃してしまい…… orz
御神輿の去年の記事。
還幸祭には絶対、行こう。
さて、今年、新しいことを知りました。

松原通には、弓矢町という町があります。
六原の界隈はゑびす神社の氏子地域がほとんどなのに、
ここだけは八坂神社の氏子なのです。
この弓矢町、昔は弓矢をつくる職人が多く住む町で、
中世には祇園社の警察権を掌握していたという。カッコいい。
平安末期には、
平家一門の屋敷や、鎌倉時代には六波羅探題が置かれたところですからね。
今も狭い町内に、金物屋さんが二軒もあるのはその名残り?
去年まで松原警察(東山警察署)があったのもその名残り?
で、この町内は六原清々講社として
昭和49年まで、神輿渡御のときは、これらの鎧甲を実際につけ、
御神輿の先頭を警護の役を担い、歩いていたのだそうです。
室町から江戸中期にかけてのものらしい。@@
「修理の費用がえらいかかるんですわ、それをでける職人もおらんようになって
昔は何十とあったけど、今はもう14しか残ってへんのですわ。
ほんで、昭和50年からは、こうやって飾って、私らは裃で
歩かせてもろてるんです」(京都弁がヘンなところは許してね)
そしたら昔は松原通も御神輿、来てたんですか?
「そうですよ、この通りもお祭りらしいに飾ってね」
今年は平清盛で注目されている六原(六波羅)ですが、
色あせながらも、目をこらせば、
いろんな歴史が透けて見えてくる、
面白い町です。
そしてこれには、神社主催のものと、山鉾町主催の二つがあります。
「京都の人でも神輿が出ることを知らん人もおりますから
よそから来たあなたが知らんとしても、まあ、そんなに恥ずかしがることはありません」
と、かつて祇園祭の生き字引のような人に言われたことがありました。
毎年、ブログでも書いてますが、
祇園祭のメインは、あくまで神輿渡御。
山鉾巡行は、山鉾町の人たちの神さまへのおもてなし。
清め、その喜びを表し、ということなのかしらん。
わざわざ鴨川を越えて、一週間、御旅所に滞在してくださるんですからね。
今でいうなら、国賓を迎えるときのセレモニーみたいなもの?
で、昨日は夕刻から行われる神幸祭だけは
祇園の花見小路まで見に行こうと思っていたのですが、
ちょうどいい時間帯を逃してしまい…… orz
御神輿の去年の記事。
還幸祭には絶対、行こう。
さて、今年、新しいことを知りました。

松原通には、弓矢町という町があります。
六原の界隈はゑびす神社の氏子地域がほとんどなのに、
ここだけは八坂神社の氏子なのです。
この弓矢町、昔は弓矢をつくる職人が多く住む町で、
中世には祇園社の警察権を掌握していたという。カッコいい。
平安末期には、
平家一門の屋敷や、鎌倉時代には六波羅探題が置かれたところですからね。
今も狭い町内に、金物屋さんが二軒もあるのはその名残り?
去年まで松原警察(東山警察署)があったのもその名残り?
で、この町内は六原清々講社として
昭和49年まで、神輿渡御のときは、これらの鎧甲を実際につけ、
御神輿の先頭を警護の役を担い、歩いていたのだそうです。
室町から江戸中期にかけてのものらしい。@@
「修理の費用がえらいかかるんですわ、それをでける職人もおらんようになって
昔は何十とあったけど、今はもう14しか残ってへんのですわ。
ほんで、昭和50年からは、こうやって飾って、私らは裃で
歩かせてもろてるんです」(京都弁がヘンなところは許してね)
そしたら昔は松原通も御神輿、来てたんですか?
「そうですよ、この通りもお祭りらしいに飾ってね」
今年は平清盛で注目されている六原(六波羅)ですが、
色あせながらも、目をこらせば、
いろんな歴史が透けて見えてくる、
面白い町です。
by keiko-aso
| 2012-07-18 10:06













